--.--/--(--)

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【編集】 |  --:-- |  スポンサー広告  | Top↑
2007.05/31(Thu)

押印切手(33)「S.O.Co.N.Y.」 

【C42】「S.O.Co.N.Y.」
使用者:ニューヨーク・スタンダード石油会社(Standard Oil & Co. of New York)
使用局:横浜(欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
S.O.Co.N.Y.
菊4銭、10銭、20銭、1円で確認されている。割印形式で使用されたため、完全印影は少ない。田型も散見されるが、10銭1枚貼や4銭貼葉書の使用例しかカバーの記憶はない。

追加情報:菊2銭で確認のご報告を戴きました。情報どうもありがとうございました。
スポンサーサイト
【編集】 |  05:29 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/30(Wed)

押印切手(32)「SANDEN YOKOHAMA」 

【C41】「SANDEN YOKOHAMA」
使用者:サンデン電気商会横浜店
使用局:横浜(丸一,丸二,欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
SANDEN_YOKOHAMA
 カバーが存在する。菊2銭、3銭茶、3銭赤、5銭で確認している。この横浜店には国内消だけでなく、外郵印が存在する。5銭はその用途だろうか。店は押印使用期間中に移転したようで、横浜山下町51番地、同81番地、二つの封筒が存在する。
SANDEN_YOKOHAMA2

追加情報:菊10銭の使用例確認のご報告を戴きました。やはり外郵便の可能性が高いようです。情報どうもありがとうございました。
【編集】 |  01:29 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/29(Tue)

押印切手(31)「SANDEN TOKYO」 

【C40】「SANDEN TOKYO」
使用者:サンデン電気商会東京店
使用局:東京京橋○○○(丸一便空)
    京橋(櫛型)
使用時期:1901-1907
SANDEN_TOKYO
 カバーが存在する。菊1銭5厘紫、2銭、3銭茶、3銭赤、5銭のほか、日韓合同通信3銭で確認している。不明の使用局であるが、無理読みで「東京/京橋松屋町」であろうか。
【編集】 |  01:06 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/28(Mon)

押印切手(30)「SANDEN OSAKA」 

【C39】「SANDEN OSAKA」
使用者:サンデン電気商会大阪店
使用局:大阪船場(櫛型)
使用時期:1906-1907
SANDEN_OSAKA
 カバーが存在する。所謂、「サンデン」という電気治療器のカタログを送ったもので、ダイレクトメールの走りとも言われる。菊2銭、3銭茶、3銭赤で確認している。下図はカバーの差出部分である。
SANDEN_OSAKA_add
【編集】 |  06:16 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/27(Sun)

押印切手(29) 「R.SCHMID & Co.」 

【C37】「R.I & Bro.」
使用者:R.アイザックス兄弟会社(R. Isaacs Brother & Co.)
使用局:横浜(欧文年号2字)
使用時期:-1903?
菊10銭、20銭茶で確認されている。印影掲示できず。

【C38】「R.SCHMID & Co.」
使用者:R.シュミッド商会(Rodolphe Schmid & Co.)
使用局:横浜(欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1903-1904
R.SCHMID
 カバーが存在する。新小判2銭、菊1銭、2銭、4銭、5銭、6銭で確認されている。印面上部にあらかじめ丁寧に押されているが、ゴム印が潰れているものが多い。
【編集】 |  04:52 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/26(Sat)

押印切手(28)「R.C.B.」 

【C36】「R.C.B.」
使用者:ラッソー・チャイニーズ銀行(Russo Chinese Bank Yokohama Agency)
使用局:横浜(丸一,丸二,欧文年号2字)
使用時期:1903-1907
R.C.B.
 単片の存在量も多く、カバーの入手も可能である。新小判1銭、2銭、4銭、15銭の4額面で確認されている。菊は1銭、1銭5厘青、2銭、3銭茶、4銭、5銭、8銭、10銭、20銭、25銭、50銭、1円の12額面で確認されている。
【編集】 |  05:27 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/25(Fri)

押印切手(27)「P.& O.Co.」 

【C35】「P.& O.Co.」
使用者:ピーオー汽船会社
使用局:横浜(欧文年号2字,欧文櫛型)
    神戸三宮(丸二,櫛型,欧文年号2字)
使用時期:1903-1908
P.& O.Co.
 横浜と神戸では印影に違いが見られる。横浜の方がやや細長い。
菊3銭赤、4銭、5銭、8銭、10銭、15銭、20銭、25銭、50銭、1円の10額面で確認されているが、横浜・神戸の区分までは不明である。横浜では印色にも変化が見られ、03年は赤、04年以降は紫である。
画像は左から、横浜(赤)、横浜(紫)、神戸である。
【編集】 |  01:20 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/24(Thu)

押印切手(26)「O.R.&Co.」 

【C33】「O.R.&Co.」
使用者:オットーライマース商会(Otto Rimarse & Co)
使用局:横浜(丸二,櫛型,欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
O.R.&Co_19.5mm
 カバーがある程度存在し、表に店印が押してあるものが多く、好ましい押印である。印影全長は19.5mmの短タイプである。新小判では1銭、2銭、4銭、25銭、1円の5額面、菊では1/2銭、1銭、2銭、3銭茶、4銭、5銭、10銭、15銭、20銭、25銭、50銭、1円の12額面で確認されている。押印の中では存在量の多いベスト3であろう。

【C34】「O.R.&Co.」
使用者:オットーライマース商会(Otto Rimarse & Co)
使用局:横浜(丸二,欧文年号2字)
使用時期:1901-1907
O.R.&Co_22..5mm
 全長22.5mmの長いタイプである。新小判では1銭、2銭、4銭、25の4額面、菊では1銭、2銭、3銭茶、4銭、5銭、25銭、50銭の6額面で確認されている。C33よりやや少ないか。その昔、東宮ご婚儀3銭が大量に出回ったことがある。
【編集】 |  05:27 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/23(Wed)

押印切手(25)「NYLIC」 

【C32】「NYLIC」
使用者:ニューヨーク生命保険会社(New York Life Insurance Co.)
使用局:横浜(丸二,欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1902?-1906?
NYLIC.jpg
 新小判15銭,25銭、菊3銭茶、5銭、8銭、10銭、20銭、25銭、50銭、1円で確認されている。斜字体でなかなか洒落ている。
【編集】 |  01:33 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/23(Wed)

押印切手(24) 

【C29】「Nils Moller & Son.」
使用者:N.モラー商会(Nils Moller & Son.)
使用局:上海(欧文年号2字)
使用時期:不明
支那加刷菊2銭、3銭茶で確認されている。

【C30】「MOLLE」
使用者:N.モラー商会(Nils Moller & Son.)
使用局:上海(欧文年号2字)
使用時期:1903
支那加刷菊3銭茶で確認されている。C29と同一使用者かは不明と言うことである。

【C31】「North China」
使用者:北清保険会社(The North China Insurance Co., Ltd.)
使用局:横浜(櫛型)
使用時期:1903
菊4銭で確認されている。詳細は不明である。


この3タイプはいずれも難しく未入手である。
【編集】 |  01:31 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/22(Tue)

押印切手(23)「NABHOLZ & Co.」 

【C28】「NABHOLZ & Co.」
使用者:ナボーツ商会
使用局:横浜(欧文年号2字)
使用時期:1903-1907
NABHOLZ & Co.
U小判2銭、菊2銭、3銭茶、5銭、10銭、20銭で確認されている。切手の印面上部に丁寧に押されているものが多い。

※U小判1銭、5銭、菊3銭赤にも確認の報告をいただきました。ありがとうございました。
【編集】 |  01:16 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/21(Mon)

押印切手(22)「M.R.& Co.」 

【C26】「M.R.& Co.」
使用者:M.ラスペ商会(M.Raspe & Co.)
使用局:横浜(不明)
使用時期:不明

菊20銭で確認されているが不鮮明で使用年代も不明と言うことである。

【C27】「M.R.& Co.」
使用者:M.ラスペ商会(M.Raspe & Co.)
使用局:横浜(丸二,欧文年号2字)
使用時期:不明
M.R.& Co._2
菊5銭,10銭,20銭,1円で確認されている。C26と異なり枠付である。同一使用者かは不明である。
【編集】 |  05:48 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/20(Sun)

《スタンプショー=ヒロシマ》2007 

 5月19日(土)の日帰りでしたが、「スタンプショー=ヒロシマ2007」に行って参りました。今年で第24回と言うことですが、初めて参加。関係者の方々の熱意、ご苦労が伝わってきました。

 企画展示の小判切手は見応えがありました。長野行洋氏は「旧小判切手の布告、贈呈帳」で例の解体された立太子礼贈呈帳の旧小判の揃いがありました。
 遠藤英男氏の「小判切手(未使用)」は、使用済を一切使わずの3フレはまず不可能に近いこと。2銭狸(3枚)や10銭の薄紙、8銭P.12.5、3銭P.11などが燦然と輝いていました。合わせて印面変種の研究も最先端のものでした。地味な所で「小判模造切手」は生の解説を聞くことが出来たのはラッキーでした。手持ち分を整理したくなりました。
 横矢仁氏の「旧小判切手・U小判切手」はカバーを使わずかなり圧縮した形。それだけ良い物が入っていました。また、ギョッとするような品がありましたが敢えて伏せておきましょう。
 村岡博氏の「新小判切手」も力作。ご自身のブログでも紹介されていた新小判3銭欧文二重丸型明治印付きの6枚ブロックは、小判コレクターなら誰でも欲しがる垂涎の品。また、未使用の色調もしっかり押さえられていました。

 企画展示2の「日本の郵便切手帳」は小判に押されたような形になっていましたが、個人ではこれだけのものは揃わないでしょう。懇親パーティー会場で天野先生から郵趣モノグラフ#16「日本の郵便切手帳」が近々発行されるというアナウンスがありました。
 井上和幸氏による国際展金賞・最優秀展示賞の凱旋展示「朝鮮郵便史-朝鮮における日本郵便」では、氏自ら説明パンフレットを作成し配られていて、本当に頭が下がります。専門外の分野とはいえ、有名な元山津の白抜十字カバーを見ることができました。
 
 今回のもう一つの目玉である、ジャパンスタンプ商会の「広島で、だけ」の即売品や抽選品も人気を博したようです。毎度ながら色々とアイデアを出してくれる鯛さんには脱帽です。
【編集】 |  22:52 |  未分類  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/20(Sun)

押印切手(21)「MIYAKO HOTEL. KYOTO.」 

【C25】「MIYAKO HOTEL. KYOTO.」
使用者:京都都ホテル
使用局:京都(欧文年号2字,丸一,櫛型)
    京都三條廣道(丸一)
使用時期:1903-1907
MIYAKO HOTEL KYOTO
 新小判4銭、菊1銭,1銭5厘青,2銭,3銭茶,3銭赤,4銭,10銭,25銭で確認されている。大型印で、割印形式で押されている。菊4銭貼絵葉書は「OR & Co」と並んで押印中の駄物であるが、10銭貼の封筒となると骨が折れる。額面としては1/2銭にも使用された可能性がある。
 京都三條廣道の丸一型印は菊25銭2枚貼の外郵書留カバーがあり、浜松のオークションにこれが出たときは驚いたものである。この品はスタンプコレクターの終刊号で見ることができる。

※菊1/2銭に確認のご報告をいただきました。ありがとうございました。
【編集】 |  01:25 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/19(Sat)

二重丸型袋井電信取扱所 

Fukuroi_denshin
 これも電報封筒であるが、配達料金未納便である。京都?から駿河の袋井電信取扱所に宛てた電報で、そこから山梨(26年7月1日に上山梨から改称)へ郵便で送ったものと考えられる。袋井局の未納印が押され、山梨局では2銭未納の倍額4銭料金が徴収されている。豊田忠作エンタは某切手商から多数出ている。袋井在?とあるので、袋井局で電報を受け取ろうとしたのかも知れない。
 封筒の裏は◎袋井電信取扱所という停車場内電信取扱所印で封緘している。31年3月17日という後期の使用である。
【編集】 |  01:31 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(1) | Top↑
2007.05/18(Fri)

二重丸型熱田郵便電信局 

atsuta_denshin
 尾張常滑から尾張弥富村宛の電報封筒である。常滑郵便電信局から最寄の熱田郵便電信局へ宛てた電報を、最寄の平針郵便局までは郵便で運んだものと思われる。熱田は25年1月26日発であるが、郵便料金は納付済みであった。封筒の裏に2箇所、◎熱田郵便電信局印が封緘印として使用されている。
【編集】 |  02:02 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/17(Thu)

大阪丸一空欄 

N3_OSAKA_maruichi
大坂の郵便事務に、dN3型に続いて使用された丸一型空欄茶印である。23年2月24日で下諏訪宛である。
【編集】 |  06:05 |  丸一型日付印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/16(Wed)

dN3型大坂 

N3_OSAKA
 大坂のdN3型二重丸型日付印である。この形式の中では18mmと最も小さい。東京と違い、こちらの割印は1個である。「フィラ関西」2004年12月号に、大和中峰山局宛のものばかりであると書かれているが、それ以外も見つかっている。これは中峰山局宛で、21年6月19日の茶印である。
【編集】 |  05:33 |  二重丸型日付印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/15(Tue)

dN3型東京 

N3_TOKYO
 東京のdN3型二重丸型日付印である。「郵便消印百科事典」によると、書留や金子入り書状といった特異な使われ方もしていたようだが、画像のような郵便事務封皮に割印形式で3個押されたものが最も多い。(2個押しも確認) 20年12月5日の黒印で下諏訪宛である。

 アクセス数が1000を越えました。当初は地味に潜行しておりましたが、OさんとO館長に宣伝していただき、急に増えました。今後とも宜しくお願い致します。
【編集】 |  02:08 |  二重丸型日付印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/14(Mon)

旧小判1銭黒,4銭(白抜十字贈呈印) 

OLDKOBAN_zoutei
 UPU加盟25年贈呈帳に貼付されている白抜十字印で、単片でも区別は容易である。旧小判2銭狸と新小判5厘が横ペア状に、旧小判4銭と5銭が縦ぺア状にして中央に押印されているため、満月印は旧小判1銭黒だけである。
 なお、この贈呈帳には手彫の鳥15銭も含まれているが、白抜十字印のおかげで仮に「書き十」があったとしてもこれは見えないとのことである。
【編集】 |  00:57 |  小判切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/13(Sun)

旧小判2銭狸(箱館白抜十字印) 

OLDKOBAN2sen_hakodate
 旧小判2銭狸の白抜十字つぶれ印+◎KB1箱館である。11年か12年かは定かではない。「郵便消印百科事典」でも解説記事にはあるが、10~13年のデータが一覧表から欠落している。このつぶれ印は白抜記番イケ一の可能性もあるようだ。
【編集】 |  06:36 |  小判切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/12(Sat)

旧小判3銭(白抜十字印) 

OLDKOBAN3sen_negative_cross
 スキャナーではうまく表現できなかったが、画像の旧小判3銭の刷色はOrange-yellowのやや退色したものである。これがOrange系の切手と並ぶとYellowに見えたものだから勘違いを犯した。田畑氏の「旧小判 色調分類とその集め方」にも書かれている通り、明治16年頃から出現とあるので消印的にも合わない。
 カバー上の切手の刷色は安心というイメージがあるが、水洗いされていないだけであって、陽にさらされると退色、変色の危険性はあると思う。
【編集】 |  06:36 |  小判切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/11(Fri)

旧小判8銭(白抜十字印) 

しいフォルダResizedOLDkoban8sen_negative_cross.jpg
 旧小判8銭の白抜十字は十中八九はエスパルト紙だと言われていた。本来は、「旧小判8銭のエスパルト紙に白抜十字が多い」だったのかもしれない。逆もまた真なりなのだろう。
 画像は比較的最近落としたe-Bay品。魅かれる切手ではないが、白抜十字に反応した。画像で見た限りでは色はいいかなという感じだったが、送られてきた切手は木綿紙だった。未だにエスパルト紙の白抜十字には何故か縁がない。
 単片では如何ともしがたいが、使用局はどこだろう。常識的には東京だろうが、最盛期の13~14年頃の8銭カバー自体が数少ない。白抜十字のカバーで記憶にあるのは、函館や金澤といった珍局の方である。
【編集】 |  01:54 |  小判切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/10(Thu)

旧小判50銭(白抜十字印) 

OLDKOBAN50sen_2
 画像は旧小判50銭木綿紙の白抜十字印である。二重丸N3B2東京もうっすらと見える。旧小判高額切手の白抜十字印には偽消が多いと言われているが、これは大丈夫だろう。日付ははっきりしないが、設楽氏の至宝本に出ている木綿紙田型と極めて似ている。元々はもう少し大きな塊だったのかもしれない。
 最近日本郵趣協会から発刊された「国際展金賞作品集」の長田氏作品中にも、木綿紙の白抜十字で3枚ストリップが並べられていた。消印によるリコンストラクションの可能性も残されている。
【編集】 |  05:30 |  小判切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/09(Wed)

小判5厘葉書(10)N3B3青森 

Koban5Rin_hagaki_N3B3_aomori
 5厘葉書の二重丸型N3B3印は、第2次ボタ使用局を中心に、広島、神奈川、横須賀といった局まで確認される。しかし多度津は絶望的だろう。
 画像の青森は16年12月31日で、今のところ最初期使用のはずである。どの局もデータを更新出来る可能性を秘めているので、一見駄物と思われる16年以降の5厘加貼葉書にも目を向ける価値はあると思う。
【編集】 |  06:10 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/08(Tue)

小判5厘葉書(9)市内便大津 

Koban5Rin_hagaki_otsu
 大津の市内便は、さほど難しくはないと思う。平田佐助宛の葉書は蔵出し品らしく、関西では即売会でも結構お目にかかったからだ。
 大型ボタ印付きの市内便となると、16年以前に使用を開始した第1次ボタ使用局に限定される。16年1月1日から使用された東京支局で、先に示した暫定期間の使用例はあるのだろうか。
【編集】 |  00:31 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(2) | Top↑
2007.05/07(Mon)

小判5厘葉書(8)三木KGB1 

Koban5Rin_hagaki_KGB1
 これも脱落葉書で申し訳ないが、◎三木KGB1播磨の16年6月使用である。単片では年代の特定が難しいため、専らデータ取りのため入手した。脱落しているのは旧小判5厘の藁紙と思われる。この消印の単片例をアルバムに収められている方も多いだろう。
 小判葉書の5厘と1銭で同じ消印を並べるのは洒落ているが、その時、難関となる二重丸印のタイプである。もっとも、脱落品では堂々とは貼れないため、何とか元の形に復元したいと思って10年は過ぎた。
【編集】 |  00:36 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/06(Sun)

小判5厘葉書(7)イチ一 

Koban5Rin_hagaki_ichi_1
 旧小判5厘葉書には脱落ものが多い。Oさんのブログに載っていた旧小判5厘油性木綿紙の宮戸濱ノ内潜ヶ浦のように、剥がしても綺麗な単片満月印になるものは理解できる。一方、16年以降の大量の旧小判5厘加貼葉書の場合は、5厘の束でも作ろうとしたのだろうか。
画像は岡山の白抜イチ一印。手彫の半銭が貼られていたであろう残念品。
【編集】 |  08:47 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/05(Sat)

小判5厘葉書(6)伏見 

Koban5Rin_hagaki_fushimi273
 郵便規則時代の市内便では、同一市内に複数の局があった場合、これらの往復便では、抹消と配達に異なる局名が見られる。京都の市内便には京都-伏見間があるが、これは駄物で、即売会でも簡単に入手できるだろう。伏見の他には「西紫竹大門」があり、こちらは珍品である。
 画像右は16年以降の使用例で、DKB3型という特異なタイプ。富山、和歌山と3局しか存在しない。ただし、伏見は3年の使用期間があるため、イ~ホの5便を葉書で揃えることは容易である。紅2銭の単片で満足できる状態を1枚入手する方が遥かに難しい。
【編集】 |  09:15 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.05/04(Fri)

小判5厘葉書(5)市内便広島 

koban5Rin_hagaki_hiroshima
画像は広島の市内便である。地方都市の市内便は少ないとされている。スタンプショーヒロシマ開催を記念して。

【編集】 |  07:21 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(4) | Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。