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2007.06/30(Sat)

KGB1三木 

koban1sen_KGB1_miki
小判5厘葉書でご紹介したことがあるが、◎三木KGB1播磨の17年4月使用である。KGB1は同じく播磨の山崎や三日月、寺家町にもある。小判葉書の5厘と1銭で同じ消印を並べるのは洒落ているが、骨の折れる作業である。
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2007.06/29(Fri)

開函証印 

koban1sen
 美作古町の明治29年1月30日差出の葉書である。丸に34号というかなり大きい番号の開函証印が見える。後期の使用例だろう。
 下の画像は三河田原の明治28年5月の郵便物収集証印帳の一部で、上段が偶数日(1号、2号、3号、9)、下段が奇数日(4号、5号、6、7号)で、郵便函の証印が押されている。明治18年10月26日の甲第251条駅逓総官達で、甲乙2冊の証印帳簿を使用し、甲を奇数日、乙を偶数日に使用すべしとなっている。
syuintyo

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2007.06/28(Thu)

箱場印 

koban1sen_Fujisawa_hakoba
 相模藤沢の箱場印で、朱色で丸に「十」の字とある。箱場印は投入証印の一つで、地方都市の使用が多い。これは明治18年5月の使用例である。
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2007.06/27(Wed)

小判葉書の印刷局銘(3) 

koban1sen_tokushima
 徳島ボタの使用例である。印刷局銘は、東京、大阪以外の大型ボタは少ないという印象がある。本品は、消印主体のお店で購入したもので、気が付かれていれば2倍位にはなっていたであろう。
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2007.06/26(Tue)

小判葉書の印刷局銘(2) 

insatukyoku_hamada
◎濱田KB2石見から7月1日差出の使用例である。地方局にしては比較的早い。松江ボタの6月例があるそうなので、配給に地域性があるのかもしれない。
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2007.06/25(Mon)

小判葉書の印刷局銘(1) 

insatukyoku_tokyo_fukagawa
 二重丸型印時代の小判葉書の印刷局銘は、3ヶ月程の使用期間しかないため、格好の収集対象となっている。
 画像は東京ボタ支局深川の例である。「たんぶるぽすと」の本年3月号に澤先生が東京ボタ支局印について書かれている通り、14局もあり非常に厄介な話である。スタンプレーダーの記事以来15年間気には留めていたが、やっと大台には乗ったものの最近ではとんとお目にかからない。
 その昔、浜松の切手商さんの膨大な即売ボックスを丹念に調べたことがあるが、神田が2通だけ出てきた思い出がある。
【編集】 |  05:24 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/24(Sun)

郵便受取所印 

otani_yuubinnuketorisyo
 画像は丸一印時代の◎面谷郵便受取所印である。面谷は18年10月1日に、面谷村郵便受取所として開設されている。葉書は越前大谷22年3月20日抹消、尾張黒田宛てである。大谷局はその後22年11月(8月?)16日に面谷と改称されている。
小判葉書上の郵便受取所印は現在10局程度の確認で、状態はともかく大切にしている。
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2007.06/23(Sat)

葉書の未納便2 

Minoh2_hagaki
 これも葉書の未納便で第1種扱いとなったものである。元々、鉛筆で一旦書いたものに、墨書きで異なることを書いている。音信文ではないが、「表面ニ宿所氏名ノ外文字相認メタルモノ」に相当したのだろうか。また、本来、税額印面は抹消すべきではなく、有効とするならば2銭未納(不足)で良かったはずである。
【編集】 |  10:57 |  小判葉書  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/22(Fri)

葉書の未納便 

Minoh_hagaki
 これは明治25年6月に京都五條から伏見に宛てた葉書であるが、印面を墨で汚してしまったため、料金未納で第一種扱いとなった例である。付箋には、「此郵便物未納税ニ付郵便条例第21条ニ拠リ郵便税4銭ヲ集配人ニ渡サルベシ 伏見郵便局」とある。
郵便条例では、第5条に第2種郵便物が第1種郵便物に取り扱われる例として6項目が挙がっている。墨汚れではあるが、これは「税額印面に文字を書いた」に相当するのだろう。第21条は、未納・不足は受取人から2倍の郵便税を徴収するという規定である。
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2007.06/21(Thu)

N3B3長濱の初期使用 

N3B3_nagahama
 長濱の二重丸型N3B3印の初期データは、「二重丸型日付印精集」によると、明治18年7月16日である。但し、KB1後期使用データの18年1月6日とはかなりの隔たりがあった。
 すると、某オークションにこれを更新するデータが出てきた。その後も連続してデータ更新する出品が続いたが、こちらも半分意地になって応札を続けた。そして、ついに鉛筆書きで「N3B3最初期単独使用」と入った青一葉書が登場し、出品は終わった。画像の18年3月30日ハ便がそれである。ただ、これでもまだ3ヶ月弱の空白期間がある。
【編集】 |  01:13 |  二重丸型日付印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/20(Wed)

官庁内電信取扱所(10)「電務局電報調査所」 

denpoutyousasyo
 明治24年8月12日に逓信省分課章程が改正され、電務局が通信課と工務課に分けられた。これとは別に、電気試験所と電報調査所が設置された。電報調査所は電報送受の正否及び電報料収納の当否調査にあたった。
 画像は少し頼り無いが、この電報調査所印である。何故か左回り印である。電務局第一課に続いて使用されたと考えられるが、使用時期は少し後ろにずれ込んでいるかもしれない。
 これらは本来の丸一消が薄かったり、掛かりが悪かった場合に消し直した、いわゆる消印漏れ消印的な性格ではないかとご教示戴きました。

【編集】 |  05:49 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/19(Tue)

官庁内電信取扱所(9)「電務局第一課」 

denmukyoku
 明治23年6月に、逓信省官制が改定され、内信、外信、工務の3局が廃止され、郵務局、電務局が置かれた。第1課~第3課があり、電信に関する事務は電務局で行われることになった。
電務局第一課は従来に比べるとかなりの大型印であり、丸一型印との2重印となっている。
新小判5厘、2銭、4銭、5銭、15銭、20銭、1円で確認している。

※早速、50銭にも確認のご報告を戴きました。ありがとうございました。3銭は難関でしょうが、新小判の額面揃いの可能性も出てきました。
【編集】 |  05:38 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/18(Mon)

官庁内電信取扱所(8)「工務局」 

koumukyoku_dai_1_ka
画像の「工務局第一課」は、たまたま貼り込み帳で見つけたものである。有難く頂戴したことは言うまでもない。旧小判4銭、U小判2銭、5銭で確認されている。
 帝国大日本電信沿革史によると、明治20年3月に逓信省官制が改正され、
内信局(第1課:電信法規、第2課:郵便電信局,電信局の局務、第3課:電信線路)、
外信局(第2課:外国電信)、
工務局(第1課:電線建築、第2課:電信技術、電信電話機械物品)、
為替貯金局、
燈台局、
管船局の6局が新たに設置されたとなっている。

【編集】 |  05:10 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/17(Sun)

官庁内電信取扱所(7)「地理局」 

chirikyoku
地理局電信取扱所である。新小判10銭、50銭で確認している。

【編集】 |  05:57 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/16(Sat)

官庁内電信取扱所(6)「外務省」 

gaimusho
 外務省電信取扱所である。旧小判4銭、U小判2銭、新小判4銭、20銭で確認している。
【編集】 |  05:26 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/15(Fri)

官庁内電信取扱所(5)「内務省」 

naimusho
内務省電信取扱所である。旧小判15銭、U小判1銭、2銭で確認している。
【編集】 |  06:15 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/14(Thu)

官庁内電信取扱所(4)「宮内省」 

denshin_kunaisyo
 宮内省電信取扱所である。U小判5銭中期白紙であるが、比較的掛かりが良く鮮明なので気に入っている。この他、旧小判4銭でも確認している。
【編集】 |  05:51 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/13(Wed)

官庁内電信取扱所(3)「潮止」 

denshin_shiodome
 農商務省に次いでは潮止が多いのではないだろうか。画像は旧小判10銭、U小判1銭、新小判10銭の例である。どれも同じような押し方で閉口する。担当者の癖であろうが、満月は望むべくもないのか。この他、新小判5厘でも確認している。
【編集】 |  05:29 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/12(Tue)

官庁内電信取扱所(2)「農商務省」 

denshin_noshomusho
 官庁内局では農商務省が最も多い。ただ多いとなれば額面別に集めたくなるのが悪い癖である。先の「広島で、だけ」のスペシャル即売品の中にも、旧小判50銭のP.13があった。
 旧小判は10銭、15銭、50銭、U・新小判では、2銭、4銭、5銭、8銭、10銭、15銭、20銭、25銭の11額面で確認している。

 アクセス数が2000を越えました。今後とも宜しくお願い致します。
【編集】 |  03:12 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/11(Mon)

官庁内電信取扱所(1)「内信局」 

denshin_naishinkyoku
 二重丸型電信印は小型で愛らしい消印であるが、日付がないというのが最大のネックである。それでも、官庁内など特殊な局となると格別の思いが沸いてくる。
 画像は、「内信局第一課」と「内信局第二課」である。後者は電信切手15銭上のフルストライクの逸品が黒田さんのHPで掲載されている。あと組織上は第三課も存在しているので、これも現物が出てくる可能性がある。
【編集】 |  05:32 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/10(Sun)

電信切手売下免許規則 

2007_6_10_denshin
 マニアックな資料であるが、明治19年10月26日、熊本逓信管理局作成の11条からなる「電信切手売下免許規則」である。これは八代町の住人が出した電信切手の売下所免許願に対する許可証に添付されていたものである。第3条で、売下手数料は7%の現物支給だったこともわかる。

【編集】 |  10:32 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(2) | Top↑
2007.06/09(Sat)

電信切手売捌広告 

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 電信切手の発行は明治18年5月7日であるが、実際に使用が開始されたのは7月1日からである。画像はこの売捌広告で、許可制だったようだ。村上勘兵衛さんはカバー上では有名な方である。
裏面には「発信人の心得」として、電報料金が記載してある。
①国内(市内、壱岐、対馬を除く)
  和文:基本10字以内15銭、10字毎10銭加算
  欧文:基本5語以内50銭、1語毎10銭加算
②市内発着
  和文:基本10字以内5銭、10字毎3銭加算
  欧文:基本5語以内15銭、1語毎3銭加算
③電報受取書は3銭
電信切手でも15銭、10銭、25銭の残存量は多いし、3銭、5銭は市内消が多いというのも想像が付く。4銭はどういう目的で発行されたのかがわからないが1円と並んで最も少ない。
【編集】 |  06:12 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/08(Fri)

電報受取証の未使用? 

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 小判切手収集家の方は1通は電報受取証の使用例をお持ちかも知れない。画像は電信切手~小判切手時代の電報受取証の未使用である。伊豆は松崎郵便電信局の朱印も左の方に見える。これは浜松の切手商さんの即売品であったが、今となっては案外珍品というか懐かしい品である。
 電信切手や二重丸型電信印については黒田實さんのHPが詳しい。珍しい欧文電報受取証も最近UPされている。
【編集】 |  04:53 |  二重丸型電信印  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/07(Thu)

押印切手(40)「TEI.TSU. TOKYO」その2 

【C50】「TEI.TSU. TOKYO」
使用者:帝国通信社
TEI.TSU.TOKYO_25sen_RED
 「TEI.TSU.TOKYO」の印色は桃と赤があるが、たたき台として以下の使用時期を示す。桃色は、
  丸一型木挽町(37.12.27~38.12.09)、丸二型東京 (37.10.12~38.08.26)
  櫛型東京  (39.03.--~41.01.21)、櫛型木挽町 (39.01.08~39.06.06)
  櫛型京橋  (39.06.--~39.09.--)
東京の遅い例は菊1銭ですが、これは特例のようです。
 一方、赤の方は実例が少ない。画像は頼信紙貼で水洗いの無い状態で赤色が分かる例である。最初期データに38年10月の木挽町があると教えていただきましたが、一般的には櫛型以降で、東京(39.04.11~41.11.21)、木挽町(39.02.09)、京橋(39.06.25)などの例がありました。この押印はまだ大量に残されている可能性があるので、さらに発見されると考えられます。

追加データをご教示いただきましたので修正しました。どうもありがとうございました。
【編集】 |  06:22 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/06(Wed)

押印切手(39)「TEI.TSU. TOKYO」 

【C50】「TEI.TSU. TOKYO」
使用者:帝国通信社
使用局:東京(丸二,櫛型)、東京/木挽町(丸一,櫛型)、京橋(櫛型)
使用時期:1904-1908
TEI.TSU.TOKYO_25_20sen
 その昔、小判切手の押印切手と言えば、15銭と25銭の帝国通信社だった。また、菊50銭のP.13×13.5にこれを入れている方も多かった。
 電報頼信紙から剥がされたものが多く存在するようで、菊切手では1銭、5銭、10銭~1円の8額面に存在する。印色の桃と赤はインクで、澤氏が「鮮やかな赤色」と称されたものは朱肉を使ったものだと考えている。
 入手が容易なので、額面別、消印別に遊びたくなるが、揃えるのは意外に難しい。丸一、丸二、櫛型3局は2額面でしか完成できていない。京橋がやや難しい。
TEI.TSU.TOKYO_15_10_05sen

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2007.06/05(Tue)

押印切手(38)「T.C.&Co.Ltd.」 

【C47】「T&Co.」
使用者:不明
使用局:天津?(欧文年号2字)
使用時期:?
T&Co
 楕円の中に、「T & Co.」と入ったもので、支那加刷菊3銭茶と5銭に知られているそうである。詳細は不明である。(印影掲示のご提供を戴きました。有難うございました。

【C48】「T.C.&Co.Ltd.」
使用者:テーラー・クーパー商会(神戸店)(Taylor Cooper & Co.,Ltd.)
使用局:神戸(欧文櫛型)、神戸三宮(櫛型)
使用時期:1904-1907
T.C.&Co.Ltd
 この押印は予め丁寧に切手上部に押印したようである。神戸局の例は比較的残されている。菊1銭、2銭、3銭赤、4銭、5銭、10銭、20銭、50銭に確認されている。

【C49】「T.C.&Co.Ltd.」
使用者:テーラー・クーパー商会(横浜店))(Taylor Cooper & Co.,Ltd.)
使用局:横浜(欧文櫛型)
使用時期:1906-1908
一方、横浜局は難しい。こちらは各字がセリフ付きということである。菊4銭、10銭に確認されているということである。
(印影掲示できず)
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2007.06/04(Mon)

押印切手(37)「TANSAN」 

【C46】「TANSAN」
使用者:J.C.ウィルキンソン商会(J.Wilkinson)
使用局:神戸(丸一型,欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
TANSAN
 この押印は「TANSAN」という商品名を入れた数少ない例で、しかも小型の印を割印形式で押している。画像は派手に4箇所に押印した例である。菊2銭,3銭茶,10銭に知られている。後期の広告葉書によると、兵庫県は宝塚の炭酸水だそうである。
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2007.06/03(Sun)

押印切手(36)「SW&Co」 

【C45】「SW&Co」
使用者:シーベルウォルフ合名会社(Sibel Wolf & Co)
使用局:横浜(丸一,丸二,欧文年号2字,欧文櫛型)
     神戸(丸一,丸二,欧文年号2字,欧文櫛型)
     三宮神戸(欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
SW&Co
 この押印は菊の全額面に知られている。ただし、横浜と神戸では印影が少し違い、両局を取り混ぜての完揃いかもしれない。
 菊の押印揃いでは、5厘、半銭、1銭5厘の青と紫が特に難しく、次いで6銭だろう。新小判では、1銭、2銭、4銭、8銭、15銭、1円で確認されている。本押印では神戸使用の方がやや少ない印象を持っているが、神戸の方がはっきりした押印が多い。
 画像は左が横浜、中央が三宮神戸、右が神戸である。神戸の「W」の字の方がやや大きいが、中央の例ではそれほどでもない。別種か押し方による違いかは良くわからない。横浜と神戸は「&」の字の大小で見分ける方が一般的である。
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2007.06/02(Sat)

押印切手(35)「S.STRAUSS」 

【C44】「S.STRAUSS」
使用者:S.ストラウス商会
使用局:横浜(欧文年号2字)
使用時期:1902
S_STRAUSS
C18の「G.STRAUSS」の前に使用されたと考えられている。印影はC18よりも長い。菊1銭、2銭、3銭茶、5銭、8銭、10銭で確認されている。また、収入印紙の使用例もある。
【編集】 |  05:22 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2007.06/01(Fri)

押印切手(34)「SR&CO」  

【C43】「SR&CO」
使用者:ソルジャー・ルドルフ商会(Sulzer Rudolf & Co.)
使用局:横浜(丸一,丸二,欧文年号2字,欧文櫛型)
使用時期:1901-1907
S.R.&Co
 単片では「SR」しか見えないものも多く、出来ればペアで全影を示したい。新小判15銭、菊1/2銭、1銭,1銭5厘青,2銭,3銭茶,4,5,8,10,25銭で確認している。菊8銭も押印の難しい額面だが、これと「SW&Co」なら入手機会も多いだろう。

追加情報:この押印はかなり使われたようで、U小判2銭、菊5厘、20銭、1円の使用例確認のご報告を戴きました。今後さらに発見される可能性があります。情報どうもありがとうございました。

【編集】 |  01:35 |  押印切手  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
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